百合は、もはや人間である必要もない【最後にして最初のアイドル】

百合は、もはや人間である必要もない【最後にして最初のアイドル】

今まで読んだ中で一番面白い対談。

たまに思い出しては読む。

 

草野 数学の微分です。まず、関数がありますね。「X=2Y」とか。1つの値を決めると、もう1つの値も決定するというものですよね。これは言い換えると、一方がもう一方に依存しているということです。これは百合ですね。関数というのはカップリングなんですよ。わかりますね。

――はい

宮澤 わかります。

百合が俺を人間にしてくれた【2】――対談◆宮澤伊織×草野原々より引用

二人の百合作家もとい百合狂人が、インタビューアーを置いてけぼりにしつつ独自の百合理論を繰り広げる。その域はもはや哲学にまで達しており、インタビューアーは途中から生気のない相槌マシーンと化す。百合好きとしても何を言っているのかわからないけど、何故か言いたいことはわかる。

このインタビューに登場する草野原々先生。果たしてこんな面白い思考回路をしている人が書いた小説は一体どんな物だろうか。気になりデビュー作である『最後にして最初のアイドル』を読んでみた。

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

結論から言うと、ああ確かにあの対談の人が書いた本だろうなと納得できた。あのインタビューでたまたま面白いことを言ったわけではなく、百合に狂った人が対談をすればああなるし、本を書けば当然こうなる。ということがスッと理解できた。

 

今回は収録作の一つ、『エヴォリューションがーるず』を紹介したい。

 

主人公の洋子はソシャゲ狂いの社会人である。大人気のソシャゲ『エヴォリューションがーるず』にドはまりし、プライベートはおろか仕事の時間すらゲームに費やし、稼いだ金はゲームに注ぎ込む。最終的に完全にゲーム廃人になってしまった彼女は、課金をしにコンビニに向かう途中でトラックにひかれて死んでしまう。その死の先で彼女を待っていたのは『エヴォリューションがーるず』の世界だった。

という導入。

冴えない人間が不慮の事故で死んでしまい、ゲームの世界に転生するという今どき珍しくもない設定だ。転生ものにありがちな流れとしてはここでゲームマスター的な存在からチートな能力を与えられて転生先で無双というのがお約束。

本作においても、洋子は転生する前に謎の存在から「回せ」と命じられ、最初の10連ガチャを引く権利を与えられる。転生先での運命を握るスタートダッシュガチャだ。

洋子がガチャを回す。

 

N:細胞核

 

回す。

N:微小管

 

回す。回す。回す。

N:キチン
N:食胞
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 

ガチャで手に入れたものを組み合わせた結果、洋子はアメーバになった。

アメーバ(amoeba, ameba, amœba)は、単細胞で基本的に鞭毛や繊毛を持たず、仮足で運動する原生生物の総称である。また仮足を持つ生物一般や細胞を指してこの言葉を使う場合もある。

Wikipedia:アメーバより引用

視覚すら持たない微生物、それがアメーバ。もはや女の子ですらない。できることは触れた細菌や緑藻を溶かして吸収することだけ。まさかの微生物としての転生である。こうして洋子はアメーバとして『エヴォリューションがーるず』の世界に生を受けることになる。

 

 

『エヴォリューションがーるず』は血で血を洗う恐るべき弱肉強食の世界だ。

『がーるず』すなわち他のプレイヤーを殺し、その肉を喰らえばポイントが貯まる。ポイントが貯まればばガチャを引ける。ガチャを引けば強い組織が手に入る。強い組織は応用して使うことで強い武器となる。

例えばR:散在性視覚器のレベルを上げれば眼点となり、さらに体節化させることで複眼となる。複眼は索敵にも危険から身を守るのにも役に立つ。

SR:葉脚N:キチンで覆えば殺傷力の高い顎になる。強い顎は他の『がーるず』の首をはねるのに向いている。

全ては生き残るためだ。生き残るには強くなって他の『がーるず』を狩らなくてはならない。

かわいさのかけらも存在しない残酷な世界観ではあるが、やることはソシャゲと同じだ。他プレイヤーを出し抜いて、自己強化の繰り替えし。洋子は生前に培ったソシャゲの知識を生かして熾烈な生存競争をのし上がっていく。

 

 

あるとき、洋子は一人の『がーるず』と出会う。

彼女の名はヴァーユ。なめくじと魚を足して割ったような体をもった『がーるず』だ。動きも鈍く、特に強い力を持っているわけでもない。

この世界では、弱者は強者の餌である。しかし、彼女は彼女のことを放っておけず、自らの仲間に加え入れる。自然界では足手まといを連れることは、危険を増やすリスキーな行為である。生存競争においても、ソシャゲ的な戦略からしても合理的な行動ではない。

洋子は一目見たときから彼女のことが気になっていた。ヴァーユは洋子にとってどストライクの『がーるず』だった。

 

この作品に限らず収録作全てにおいて言えることだが、当然のごとく女同士の関係性しか出てこない。

この本は、特に百合を前面に押し出しているわけではない。しかし、ドラマで男女が自然に恋愛関係となるのと同じように、自然に女同士が恋愛をしている。そんなの当たり前だからいちいちアピールすることもないだろう?という具合に。そんなの百合好きが読まなくてどうするのという話なのだ。

 

その後、洋子は電子パルス弾や挙句の果てには自力で核爆弾を製造できるまでに進化し、地球を飛び出し宇宙へとステージを広げる。待ち受けているのは新たな生存競争である。その中を洋子は勝ち進む。すべては、世界の果てにあり死人を生き返らせることができると言われる『がーるずガチャ』を引くために。そしてヴァーユの願いを叶えるために。

そしてその果てで洋子は知る。この世界の本当の意味を。『エヴォリューションがーるず』に転生してきた理由を。そして彼女とヴァーユの関係の真実を。全くめまいがしそうな世界観の広がり方だ。

 

草野原々先生の何よりすごいところはその惹きこみ力にある。

あまりにも突飛な設定、めまぐるしく変化する展開。ちょっとでも目を離せば置いていかれそうな勢いで物語が進んでいくが、不思議と何故かついていける。というよりむしろ手を取って無理やりグイグイと引っ張ってくる。物語へ吸い込む力があまりにも強いとでも言えばいいだろうか。

劇中での設定や現象の説明には全て詳しい化学、物理学的考証がなされ、人によってはウッとなってしまうかもしれない。私も正直よくわからん。しかし、細かいところはわからなくても話はなんとなくわかる。これも絶妙なテンポの良さと太いストーリー力がなせる業である。

 

『エヴォリューションがーるず』だけでなく、表題作『最後にして最初のアイドル』、収録作『暗黒声優』も何を食べたらこんな話が思いつくんだ?という設定と瞬きすら許さぬ超展開、そして百合でできている。興味のある方はぜひオススメしたい。

 

ちなみに著者曰く、『最後にして最初のアイドル』は実存主義ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSFらしい。

一体なんだそれは??それは読んでみればわかるだろう。考えずに感じよう。

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