怖そうで怖くないちょっと怖いオカルト百合コメディ
結野ちり先生の『お菊さんはいちゃ憑きたい』1巻です。
若くして最強の祓い屋(悪霊をお祓いする人)聖涼世は日本三大幽霊の1人であるお菊のお祓いに立ち会う。お菊の持つ凄まじい呪力にビビる涼世。ところでお菊にはある願いがあった。
「美少女とイチャイチャしたい」
お菊直々の指名によってとり憑かれてしまった涼世。最強の悪霊との一心同体の生活が始まってしまうのだった。
という感じのストーリー。
恐ろしく軽いノリで始まった二人の同棲(というか体をシェアしている)はバトルもそこそこにいきなりイチャイチャに入っていく。
導入のスピード感が素晴らしく、”徐々に”みたいなものを全てすっ飛ばし、初めからトップギアでいく。タイトルに「いちゃ」が入っているのも伊達ではない。
日本三大幽霊という設定の重さを微塵も感じさせないほど手が早いお菊と、ツッコミのうまさで受け体質を匂わせる涼世。イチャイチャに必要な全てが噛み合っており、抜群のテンポを生み出す。
↑お菊が怨霊としてだけでなく、普通の女の子としての面も描かれているのも良い。今はエグい呪力を持った幽霊だとしても生前は普通に恋をする一人の人間だったのだ。
表層では”とにかくイチャつきたい最強の幽霊とそれに振り回される祓い屋”の関係があり、その一層下には”愛が欲しかった一人の女の子と彼女を慈しむ一人の女”という世界があり、作品全体が温かな慈愛で包まれている。私はこういう優しい世界でできた漫画が大好きだ。
と、ひたすらに「イチャイチャがいい!」と書いてきたが、ただのイチャイチャ漫画で終わらせないのが菊憑きのさらに面白いところだ。
読んだ人ならわかると思うが、この作品は甘々の中になんとな〜く不穏な気配が漂っている。例えば、お菊は涼世を侵害する者に対し悪霊としての力を存分に振るい彼女を守るが、なぜかその憎悪が涼世自身に向けられるシーンがあったり、第二の怨霊であるお岩との会話の数が少なかったり。
↑なんとなく不穏。仲が良いならわかる。仲が悪いのもわかる。でもお互い干渉しないというのはよくわからない。
多分裏に何かあるなという不自然さがアクセントとして効いており、癖になる。辛そうで辛くない少し辛い百合。
さらに”裏に何かある”、でいうと書き下ろしのおまけ漫画が圧倒的にやばい。
本編ではえっちな描写はキャッキャウフフのコメディ調で描かれているが、このおまけでは二人の情欲がむせかえるような湿度で描かれる。あのシーンで「全部こいつが魅力的なのが悪いんだ この悪霊め」なんてねっとりしたセリフはさすがに反則。
確かに涼世が一人を寂しがっている描写はあったが、喋り相手を欲しがるくらいのサラッとした感情かと思いきや意外とお菊に対して色々抱えているんでは・・・と考えずにはいられない、百合好きにはたまらないシーンになっているので全員読むべき。
↑恐ろしく早いスカーレット。私じゃなきゃ見逃しちゃうね
結野ちり先生は前作スカーレットにて、人外でしかなし得ない関係性を描いた。人でなくなってしまった者同士でしか癒し合えない孤独、互いに命をかけあえる絆。人間同士では届かない百合がそこにあった。
「人外百合にしかできないことをやろう」という一本の思想はスカーレットと同じく菊憑きにも通っている気がする。イチャイチャだけでは終わらせないという気概が。
今回の人外百合では人外&人間が主役だが、一体どんな関係が描かれるのか楽しみだ。
あと全然関係ないけど結野ちり先生の描く瞳が好き!!!(なんの話)