漫画わたなれを読んで『We are the World』『米朝首脳会談』を感じた話

原作:みかみてれん先生、キャラクター原案:竹嶋えく先生、漫画:むっしゅ先生の『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』(以下わたなれ)の漫画を読んだ。

読んだら感想が書きたくなった。下りてきたのは「これだけはどうしても伝えておかなくてはならない」という使命感だった。

わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

感想記事というのは書くタイミングによって読み味が変わる。作品に触れて湧いてきた感情をそのまま言葉に表せば熱くストレートな記事となり、自分の感情としっかり向き合い十分に咀嚼したならば、記事に静かな情熱と理論が宿る。

今回は読んで思ったことをそのまま勢いで書いていきたい。ノリで感想を書くのがこの作品には一番合うと思った。「勝訴」の紙を掲げながら猛ダッシュでみなさまの元へ駆け付けた、そんな感じで今キーボードを叩いている。

 

 

主人公れな子は高校デビューで暗い過去を捨てることに成功し、めでたくスクールカースト最上位の4人と同じグループに入ることになるが、とあるハプニングをきっかけに4人の中の1人、王塚真唯に惚れられてしまう。友人としての関係でいたいれな子の気持ちをよそに、彼女を振り向かせるべく真唯の猛アタックが始まる。という感じのストーリー。

 

目立たない存在だった主人公が、学校中の憧れの存在から突然見初められるという設定はそんなに珍しくはないように思う。しかし、この王塚真唯という女。あまりにヤバすぎる。規格外である。「学園の王子様との百合かぁ」などという私の眠たい考えはすぐに吹っ飛ぶことになった。

れな子を屋上に呼び出し、「君を1人の女性として好きになってしまった」と告げる王塚真唯。れな子はあまりの突然の出来事を飲み込めず、当然パニクってしまう。自分の気持ちはあくまでも友愛でしかないと言い張るれな子に対し王塚真唯は静かに告げる。「それは勘違いだよ れな子」

「君は私のことを 恋人として好きなんだ」

 

一切の疑いも宿らぬ無垢な瞳と普段と何一つ変わらぬ表情。「どうして太陽は地球の周りをまわっているの?」と聞く子供に「あぁ、それはね。実は太陽が地球の周りを回っているんじゃなくて、地球が太陽の周りを回っているんだ。」と大人が答えるときのように、未だ世界を知らぬ者ににやさしくわかりやすく真理を解くように「あなたは私を好きなんだ」と解くのがこの女、王塚真唯である。そう彼女は世の中のスパダリを凡人に変える、スパダリ中のスパダリなのである。

測定不能の顔面偏差値を持ち、恵まれた家系に生まれ、社会人でも使えないような金を持ち、凡人が遮二無二頑張っても達成できないことをそつなくこなす。そして全てを持っていながらそれを誇示しない品性の高さ。普通の高校生であるれな子に声を掛けられて、「話しかけてくれてありがとう。」と返すのが王塚真唯である。

叩こうにも叩くところがない。神に愛されたスパダリは嫌うことすら許されないのだ。人間の意思の介入を許さないという意味ではもはや自然災害に近い。

 

彼女の人間性がわかるセリフをもう2つほど紹介しよう。

↑ノータイムでこんなセリフが出てくるのは彼女が「自分を好きにならない人間などいない」と心の底から思っているからである。恐らく世界には「自分のことを好きな人間か」「まだ好きではない人間か」のどちらかしかいないと思っているし、れな子との問題もただの時間の問題と思っている。

 

↑もはや意味が分からん。スパダリの頂きに立つと天候が操作できるらしい。その割にはにわか雨に打たれてめちゃくちゃシュン・・・としてたけどな?

 

完璧な人間=誰もを惹きつける人間、かというとちょっと違う。自分の入れる余地がないと近寄りがたさを感じてしまう人もいるだろう。しかし、そういった意味でも死角がないのが王塚真唯である。完璧な人間はほんのちょっと抜けていることで本当の意味で完璧になる。

巨匠の名画を思わせる壮大なジグソーパズル。誰もが完璧を謳うその景色の中で、目には見えぬ場所にある小さな小さな1ピースの欠け。限られた人のみぞ知る小さな小さな穴。もしかしたら私がその1ピースを埋められるのではないかと淡い期待を抱いた瞬間に人は堕ちる。完璧さに恐れを感じる人でもこれをやられたら確実に死ぬ。私は詳しいんだ。そういう意味でも王塚真唯は最強なのである。

王塚真唯はゴジラである。世界は彼女に蹂躙されるためにある。

女の子を怪獣と呼んでいいのかという思いはあるが、それに匹敵する気迫を感じてしまったのだからしょうがない。横綱と組み合ったとき彼らの体幹に大木を感じるように、私もまた彼女の言動に恐竜型怪獣の気配を感じてしまったのだ。

 

世界を制圧できる彼女の無限のスパダリ力が、れな子という一人の女に注がれる。なるほどなるほど。『わたなれ』とはつまり、平凡を謳歌したいれな子の元に突如表れた怪獣が全てを根こそぎ破壊していく、そういう漫画なのかと私が何かを納得したかのような顔をしたとき、第二の女が宇宙より飛来する。

仲良しグループの4人の1人、瀬名紫陽花。王塚真唯をスパダリの星から来たゴジラだとするなら彼女はゆるふわの国から来たモスラである。

 

好きを強制する二つのお目目、どんなに凍てついた心も瞬時にとろかす愛らしい仕草、指の冷たい友がいればその手を包んで温める優しさ。ニコリと笑えば祝福を受けたその髪がふわりと舞う。王塚真唯のスパダリ力を人間が拒むことができないように、彼女のかわいさもまた人の身で拒絶は許されない。かわいさという概念が制服を来ている、そう表現するのが一番しっくりくるのが瀬名紫陽花という人間だ。

 

人は過剰なかわいさを感じ取ると「あざといな~」という感想をもつことで身を守ろうとする。裏があるのではないかと疑うことで感情のバランスを取り、自分を落ち着かせようとする。れな子も当初は圧倒的かわいさにおののきながらもその裏を疑った。しかし、そんなものはない。なかったのだ。何故なら彼女は爪の先までかわいさで満ちた”かわいさの概念”そのもの故、裏など存在するはずもなく、その奥を探ろうとすることは宇宙を覗くことに等しい。

 

↑これを言える人間がいるか?

 

↑長い間見続けると目が潰れる。一体どれだけの女子が、自分の可愛さに自信を持つ女の子が、彼女と出会い心を折ったのか、きっと彼女は知ることはない。踏んだ蟻のその後を人間は知ることがないように・・・。

 

太陽が自身の熱さを誇示することがないように、瀬名紫陽花も自らの可愛さを誇示することはない。それはもはや自然現象にも似ていて、ただかわいいがそこにあるだけだ。水は冷たく、太陽は眩しく、瀬名紫陽花はかわいい。れな子は今そんな概念の中に1人放り込まれている。

 

世界中の女を夢女に変える自然災害みたいなやつらが集ったこの漫画。私のこのテンションの高まりを何と例えようか。私はそこに「お祭り」の気配を感じ取った。

ゴジラvsキングギドラvsモスラ。映画プリキュアオールスターズ。スマブラのファイター参戦発表。いいともの最終回。『We are the world』のPV。米朝首脳会談。ホリエモンとひろゆきの同時ゲスト出演。

トクベツな企画で感じる圧倒的なめでたさ。なんで私がこれを感じたのかは私にもよくわからない。しかし、私の取り急ぎの感想としてはお祭りが一番しっくりくる。

当然まだまだ掘り下げるべきところはたくさんあるが、まぁそれはおいおい咀嚼していくとしよう。

 

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