台風みたいな百合漫画が爆誕したので読んでください【対ありでした。 ~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~ 1巻】

台風みたいな百合漫画が爆誕したので読んでください【対ありでした。 ~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~ 1巻】

対ありでした。 ~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~ 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

あの伝説のおねロリ『柚子森さん』の江島絵里先生の新作が約2年ぶりに発売された。その名も『対ありでした。~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~』

なんてことだ。もうおもしろい。タイトルの時点で既に勝っている。

自分の中の高まったハードルに若干ビビりつつ、書店に飛んで行って買ってきたのだけど「対ありでしたっっっ!!!!!!」と叫びたくなるような面白さでこりゃまた生きる理由ができてしまった。たまらん。

 

 

 

だいたいのあらすじ

生粋のお嬢様学校、黒美女子学院。そこへ外部生として転入したはある息苦しさを抱えていた。

それは黒美女子の内部生たちがあまりにもお嬢様すぎるということだ。「ごきげんよう」という挨拶が飛び交い、ランチは小皿がやたらと多い。ちょっとした世間話からも育ちの格差がにじみ出る。お嬢様に憧れて入学した綾だったが、お嬢様をやるというのは想像以上に精神を使う仕事なのであった。

 

ところで黒美女子には“白百合様”と呼ばれ、学院中の支持を集める外部生がいた。美しい瞳に憂いを讃え、ハンカチを拾えば女たちが色めき立ち、爪の先まで気品に満ちたお嬢様中のお嬢様。袋ラーメンを愛する庶民の綾にとって、気品溢れる白百合様は対極とも言える存在だった。

 

ある日、人気のない棟で綾が謎の音に導かれ空き教室をのぞいてみるとそこには必死にレバーを叩き格ゲーにのめり込む一人の少女の姿が。それは紛れもないあの”白百合様”だった。

ゲームから勝利のアナウンスが流れると、あの白百合様は雄たけびを上げ、椅子の上に立って画面の向こうの敗者に向かって届かないはずの煽りを入れる。学園での高貴なイメージとの違いにあっけにとられる綾。こっそりのぞき見していた彼女は勝利の余韻に浸っていた白百合様と目が合ってしまい────。

 

それからというもの、綾は学園中から眼差しを集める白百合様からの眼差しを集め続けていた。理由は綾もまた格ゲーマーであることを見抜かれていたから。白百合様からの熱烈な対戦のオファーを受けるも、彼女は既に格ゲーを引退した身。昔の情熱を失った彼女にとって格ゲーはもうもどるべき場所ではないのだ。

が、そんなこと白百合様には関係ない。

あまりにも抜き身すぎる返答。

綾は白百合様の瞳にあの頃の自分と同じキラキラを見る。もしかしたら、もう一度あのときのキラキラを取り戻せるかもしれない。こうして学校の隅っこ、人知れない教室で綾と白百合様の熾烈な争いが幕を開ける──────。

 

 

経験者も素人も楽しめる格ゲーエンタメ

江島絵里先生新作のテーマは『格ゲー』

『格ゲー』と聞くと、私みたいな素人にはどうしても敷居が高いというイメージがよぎってしまう。用語ももちろんわからんが、何が起こっているのかもわからん。サッカーの経験がなくてもなんとなくサッカーの試合を楽しむことはできるが、格ゲーは楽しむのに経験がいる。素人なりの感覚として格ゲーにはそういうイメージがある。

 

しかし、『対あり』ではそういう素人の躊躇は全く必要ない。この漫画は初めから格ゲーをわからせる気はない。格ゲーについて詳しく描くことを潔く切り捨てているからだ。

初心者にいろはを教えていく流れで、読者も追体験して業界について学ぶという流れは一つの趣味をテーマにした漫画でよく見られるが、内容が教本めいてしまうというデメリットがある。純粋にストーリーだけを楽しみたくて、知識についてはあまり興味がないという人もいるだろう。

『対あり』は素人が読むにあたってちょっとめんどくさいなと思うような知識の紹介をできるだけ省いている。そのうえで、『プライドと精神を削り合う真剣勝負』という格ゲーの面白い要素だけを取り入れた結果、経験者も素人も同じように楽しめる最高のエンタメに仕上がっているのだ。

 

 

余談だが、彼女たちの必死な表情を見ていると格ゲーマーの本質が少しだけ伝わってくる・・・気がする。

私が思うに格ゲーマーという人々はその活動において、真剣勝負とかそういうものよりもっと深い場所に身を置いているのではないか。彼女たちの表情を見ていると、その激情はイライラとか嬉しいとかそういう感情よりももっと未知の領域からやってきているような気がしてならない。

稚拙な想像だが、彼女らは恐らく神経だけでなく生命活動に必要な部分以外の脳みそを全てリソースにまわし、一つ間違えれば人間に戻ってこれなくなるような深いところまで精神をダイブさせて死闘を繰り広げているのではないか。語彙がやたら尖っているのも、プライドも闘争心も人格も全て燃料にして燃やした結果、心の奥底にひっそりと仕舞われていた言葉たちがそのまま飛び出してきた、という感じがする。

江島絵里先生は格ゲーマーだ。彼女たちの表情や言葉からはそういう、dead or aliveを実際に経験してきた人しか描けないリアリティが感じられる・・・気がする。格ゲーのかの字も知らない人間の意見ですけど。

 

 

驚異の最大瞬間風速で百合が走り抜けていく

掲載先がスマホユーザーの多いWeb漫画だったこともあるのか、『柚子森さん』ではスマホでもテンポよく読める大ゴマがよく使われていた。コマのデカさは可読性を上げるだけでなくドッカンドッカンした心地の良い読み応えを生み出していたが、その“速さ”が『対あり』ではさらに進化して帰ってきた。

恐れを知らぬ大ゴマ、思想の強さを一発でわからせていくセリフ、異様な行動力を持つキャラクター達。それらが束になってかかってきた結果、展開が早いとかそういう“スピード”ではない、圧倒的な“スピード感”を生み出すに至ったのだ。

その速さに百合を乗せたら一体どうなる?目の前を圧を纏った女と女が猛スピードで駆け抜けていくことになる。

お嬢様への憧れも、格ゲーマーとしてのプライドも、胸に渦巻く激情も全て置き去りにして百合が走る。速いことは気持ちがいい。読んだ方ならそのスピード感をわかっていただけると思う。この百合は”速い”ぞ。

 

 

たまに見失ってしまいがちな、趣味への動機

やっと見つけた同好の士へのチャレンジスピリット、幼き頃に封印した格ゲーへの熱意。そのどちらにも火がついて、二人の闘士が人知れず火花を散らす。

目の輝きが、とてもいい。

格ゲーに興じる二人の瞳は、趣味に対する純粋な”動機”を思い出させてくれる。

好きだから楽しむ。とてもシンプルだけど、忙しくて心に余裕がなかったりすると意外と忘れてしまいがちな動機。長年同じ趣味を追い続けているとそこにいろんなものがくっついてきて見えなくなってしまうときもある。

全身全霊で自分の好きな物を楽しみまくるってこれほど幸せなことはないよね。周りの環境とかお財布事情とかいろいろあるかもしれないけど、自分にキラメキをくれるものは大切にしていきたいよね。趣味ってそういうものだったよね。

このマンガは最近忘れがちだった、趣味に対する”動機”、初めて自分をワクワクさせるものに出会ったあのときの感情にもう一度気づかせてくれる。そんな気がする。

 

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