スールの光と闇を抱きしめた最強のアンソロが誕生した【カヌレ スール百合アンソロジー】

スールの光と闇を抱きしめた最強のアンソロが誕生した【カヌレ スール百合アンソロジー】

カヌレ スール百合アンソロジー (百合姫コミックス)

 

百合姫から出版された『カヌレ スール百合アンソロジー』です。 例に漏れず今回も洋菓子のタイトルです。

 

スールという単語を久々に聞いた。

スールの持つポテンシャルは知っているつもりなので、確かにアンソロに向いていると思った。 いろんなスールが出てきてわちゃわちゃする感じのアンソロに落ち着くのだろう。

しかし、このカヌレは想像をはるかに超えてきた。

泡沫の夢のような淡いキラメキ、特別な関係が生み出す絆の強さ、制度そのものが孕む暴力性、スールの光も闇も抱きしめたものすごいアンソロだぞこれは。

 

 

 

初めにスールについて書いておこう。

スールとはフランス語で姉妹を指し、ここでは上級生と下級生が結ぶ擬似的な姉妹の契りのことを意味する。 上級生はスールとなった下級生の面倒を見ることで模範的な生徒になるよう教え導く。 そして下級生は上級生のことを敬い従う。 いわゆる「お姉さま」というやつである。

スールという設定は百合小説の金字塔である『マリア様がみてる』で作られたものであり「お姉さま」が世に知れ渡るきっかけになったのもこの作品だが、実は学生による疑似姉妹の制度自体は『エス』と呼ばれ大正時代に実在していた。 ちなみにあの川端康成も『エス』を題材にした本を書いたことがある。

このスールという制度は単なる擬似的な姉妹百合と思いきや実際かなり奥の深い設定で、自由恋愛の学生百合と違って制約が存在することでかえって様々な人間関係が生まれるという素晴らしいポテンシャルを秘めている。

それはこのアンソロを読めばよくわかるだろう。

 

サイレント・マニフィカート / ヨルモ

容姿端麗、成績抜群な西野はその優秀さから上級生たちに妹の候補として目をつけられていたが、あらゆる誘いを断り続け”孤高のマリア”と呼ばれていたがそれには理由がある。 実は西野は幼馴染である井上の妹になるために同じ学校に入学したのだが、井上は入学初日に自分より早く誘いをかけた生徒とスールになってしまったのだ。

 

 

スール制度の奥深いところは疑似姉妹となった当事者だけでなくそれを取り巻く人にも物語が生まれるところにある。

とあるスールが誕生したとき、そこには妹になれた人間となれなかった人間が生まれる。 格差が生まれるとそこには大きな感情が渦巻く。

 

もしスール制度がこの学校に存在しなかったら西野は後輩の中でも特別な存在として井上にかわいがられただろう。 幼馴染という圧倒的アドバンテージを感じながら理想の学園生活を送ることができたはずだ。 彼女の特別は誰にも奪われることはなかった。

 

しかし、井上にはスールという特別な女ができてしまった。 彼女はその女と長い付き合いがあるわけではないくせに、ポッと出てきたそいつを特別な存在にしてしまった。

井上はその妹に一緒にご飯を食べたいと言われたことを指をこねこねしながらまんざらでもない表情で西野に伝えるのだ。

もうこれはNTRろ。 同時出版されたNTR百合アンソロに入っていてもおかしくないだろ。

スールとは”特別”を作り出す魅力的な制度であるとともに、誰かの”特別”を奪う恐ろしい制度でもあるのだ。

 

 

あのこはだれのもの / 純玲

とある学校でスール制度が復活するらしい。 ミチルの同級生である南木は妹候補として多数の上級生から目をつけられていた。 しかし、彼女と恋人の関係にあるミチルは愛する人が他人の特別にされてしまうことに怯えていた。

 

特別な人ができるということは必ずしもいい変化を生むとは限らない。

誰かの特別になれるという希望に溢れた制度を他人に特別を取られる恐ろしさとして書いたのがこの話だ。 この登場人物にとってスールとは自分と恋人との蜜月を脅かすものだ。

いつか復活するであろうその制度に怯えながら必死でお互いの繋がりを確かめ合う二人を見ているとスールとはまるで社会の弾圧か何かに思えてくる。

でも実際そうなのだ。 人間関係を無理やりいじくるような制度が存在するということは恐ろしいことである。 それが作り出すものが特別な関係ならなおさらそうだ。

スールの持つ華やかさの裏に存在する暴力的な一面。 このアンソロにはそういう解釈があってもいい。

 

 

わたしの大切な姉妹の話 / ねが

入学したての安河は生徒会長から声をかけられる。 彼女は安河の実姉とスールの関係があり、受けた恩を返すため安河の面倒を見たいと言う。 安河はそんな生徒会長に尽くしてもらいながらも卒業していった姉の現在の様子を思い浮かべ複雑な気持ちになる。

 

 

スール制度って現代社会じゃかなり無理がないか?

上級生に一方的に特別な関係を迫られて何か知らないけど敬わないといけないし昼飯も一緒に食べなくちゃいけない。 身軽でいられるドライな人間関係が増えつつある世間とは完全に逆行した制度だ。

それにお嬢様言葉もだいぶ無理があると思う。

「わかりましたわお姉さま」って。 今は「り!」の時代である。 令和だぞ。

マリみての時代ではまだそこまで違和感がなかったスール制度でも現代の設定にしようとするとかなり違和感が出てくる。

このアンソロにはそういったスール制度の古さと今の世の中のズレを上手いこと融合させた作品が載るんじゃないかと思ったが、新しく混ぜ合わせて解釈し直すのではなくズレをそのまま歪みとして描いたのがこの作品である。

 

 

大学入って彼氏作って海行ってウェイ!な元姉と、かつての姉のことが忘れられず狭い学校で健気に自己満足な恩返しをする元妹。

現代とスールのズレがそのまま二人の関係性に表れている。

学校を去った姉に思いを馳せ続ける妹とは裏腹に新たな世界へ出ていってしまった姉は妹のことを思い出すことはないだろう。

正直妹のようなキャラはマリみてによくいるので特に「重い」とか「どうしてそこまで」みたいなことは全然思わなかった。

でも主人公のように外の世界からの目線で改めて考えると、確かに赤の他人にここまで大きな感情を抱かせてしまうスールという制度のヤバさに気づく。 だってお姉さまとか言ってるけど本当は別に姉でもなんでもないのに。

 

そしてそんな妹に姉妹の契りを申し込んだ安河もスールの歪みに巻き込まれた者の一人。

その感情の中に自分の姉(ただし血縁関係としての姉ではなくスールの姉の姉としての姉)への感情が含まれているところが実にスールらしい話だなぁと思った。

 

 

花の命は短くても / 缶乃

花菜にはかつてスールの姉がいた。 しかし所詮は学校内での関係。その姉は卒業後海外へ進学し会うこともなくなってしまった。 そんな自分の過去を回想していた花菜の元へ実妹が学校の先輩を連れてくるが・・・。

 

 

スールとはルールである。 故に彼女らの社会である学校においては時に暴力となってしまうほどの力がある。

しかし、ルールであるからこそ同時に弱くもある。

彼女らが学校を卒業した時、彼女らを繋いでいた関係性は跡形もなく消えてなくなる。 延長も復縁もない。 3月31日を過ぎれば自動的に赤の他人同士となる。

勝手に関係性を作っておいて期限が来れば切る。 こんな寂しい関係があるだろうか?

彼女たちの過ごした日々は所詮その場だけの儚い夢だったのか? 二人の繋がりは卒業すれば消えてしまう弱い絆だったのだろうか?

否。

姉妹の絆は永遠なり。

 

アンソロのトリは缶乃先生によってスールの絆の強さを再確認し綺麗にまとめてもらった。

やっぱりお姉さまは最強だぜという雑な締めでこの感想は終わりです。

 

 

4つの作品の感想を描いているだけで気づいたらいろいろ書いてしまいました。 そしてなんか重いテーマの作品の感想ばっかになってしまいました。

他にも姉妹同士の心中を扱った作品や華やかなスールの裏の地味な関係を描いた作品もあったりと正直どの作品も良かったです。 良かったですというとチープな感想に見えちゃいますが。

最初も書いたようにこんなスールがいたらいいよね!というアンソロくらいに思っていましたが、スールという制度に対する解釈も多種多様でこのアンソロはマジできたなと思いました。

アンソロは初心者もすでにハマっている人も楽しめるものですが、カヌレはスールが好きな人ならより深く刺さる内容になっているんじゃないかと思います。 装丁もいいしな!!!!

何だか少し褒め過ぎになってきたのでこの辺にしたいと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

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